アフリカマイマイが定着した経緯
アフリカマイマイについて⇒ 台北帝大生戦中の日々
アフリカマイマイが定着した経緯
アフリカマイマイが、日本に定着した経緯を簡単に説明しましょう。まず、アフリカマイマイが国内に輸入されたのは、1930年代に食用として、台湾やシンガポールなどから沖縄へ持ち込まれたのが始まりです。
沖縄では、1936年に「特殊病害虫」指定されるまで食用に養殖され、厳重に隔離されていましたが、指定に伴って飼育所が閉鎖し、そこから逃げ出したものと考えられます。 1945年以降は野外でも定着したとされており、沖縄戦の混乱も影響したのではないかと言われています。
アフリカマイマイは高たんぱくで、戦後の食糧難の頃は、栄養源として重宝されました。 ところが、復興に向かうにつれアフリカマイマイを食べることもなくなり、やがて放置され繁殖していきました。外来種は、環境になじまなければ数が減ります。ところがアフリカマイマイは、非常に繁殖力・生命力が強く、定着しました。
そもそもカタツムリが雌雄同体であること、交尾で得た精子を体内で約2年も保存できること、1回の産卵数が100〜1000個であることなどの強い繁殖力は、定着してゆく武器になりました。 また、アフリカマイマイは、乾燥に強く、殻口に蓋をして半年以上仮眠することも可能で、この生命力も定着した原因でしょう。気候もよく天敵もいない沖縄や南西諸島などで、アフリカマイマイが定着し増えてゆくことは、たやすいことだったのかも知れません。
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